終章 それぞれの夢


ミレニアムの正月を二日後に控えた、一九九九年十二月三十日、富久家では家族総がかりで、大掃除の真っ最中であった。信介は天井の蛍光灯をどう見てもいやいや、いい加減にやっている。それを見てイライラした邦彦は、「そんなにチンタラやるんなら、やらなくていい」と怒鳴った。それを聞いた信介は、黙って自分の部屋に戻り、出てきたときには、大きなスポーツバッグを抱えていた。他の家族が呆然と見送る中、信介は初めての家出を敢行したのだった。
何回か、携帯電話に連絡を入れたものの、直ぐに切られてしまう。でも、生きてることは、生きている。お金も持っていることだし、どこかで適当にビジネスホテルでも見つけてそこに泊まって、いつかは帰ってくるだろう。そうあきらめるしかなかった。

除夜の鐘もとっくに鳴り終わり、時間は午前三時を回ろうとしていた。「結婚以来、最悪の正月になっちまったねー」と邦彦と節子はため息をつくばかりであった。と、玄関でガチャガチャと鍵の音がする。信介だった。二人は安堵すると同時に、その格好を見て、思わず吹き出しそうになった。

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