スポーツ漬け
さて、小学校時代の信介である。
邦彦はまずはスポーツで身体を鍛えて、それから勉強、というふうに思っていた。時間があれば遊びにもよく連れて行った。邦彦は、信介が小学四年になるまで自宅で翻訳業をやっていたが、仕事が忙しく、休むということがほとんどなかった。それでも、半日とかポカンと時間が空くと、昼過ぎ学校から帰ってきた信介と恭介を捕まえ、もちろん節子も一緒に、横浜ドリームランドなどにタクシーに乗せて連れていった。
「金なんか問題じゃなかった。とにかく時間がないから、いろんなところになかなか連れて行ってやれない。だから、時間ができると、行くぞって感じで方々に行った」(邦彦)
最終的な邦彦の願いは、文武両道である。信介はこの期待に十分に応える小学校時代を送っている。しかも楽しんで。
一年生から三年生までの年間の活動を見ると信介がどんなにスポーツに打ち込んでいたかがわかる。ということは、両親がそれだけの経済的な負担をしたということに他ならないのだが。