はじめに
「カーン、カーン、カーン…………………」
引退するボクサーを送るための「テンカウント」のゴングが斎場に静かに寂しく響き渡る。ここには悲しみと涙、行き場のない怒りしかない。理由なく十七歳八ヶ月の生命を奪われた無名高校生ボクサーの野辺の送りである。四百人以上の十七歳たちが春三月とはいえ、まだ底冷えのする中に呆然と立ち尽くす。熱い思いを抱いていた若者の死。彼らの心は凍てついていた。
二〇〇〇年三月八日昼、富久邦彦は食事をとるために会社を出た。と、携帯電話のベルが鳴った。横浜駅の近くでコンピュータソフト会社を経営する邦彦にはのべつ連絡が入る。
「はい、富久です」
邦彦は、いつもの調子で応えた。返ってきたのは意外な言葉だった。
「目黒警察署です。落ち着いて聞いてください」