正直、駄目かと思った。そうこうしながらもなんとか岸に辿り着いたときはヘトヘトだった。後で知ったことだが、岸から沖に向かって帯状をなして潮が流れる、いわゆる潮の強い引きに遭遇したのだ。岸にはSの姿が見えなかった。それ以外の友人たちは三々五々岸に上がって来ていた。
 小一時間ほど経ったが彼の姿は見えなかった。泳ぎが上手いとはいえない彼が心配になって、友人たちとともに救護センターに届け、捜索を依頼した。だが、彼は見付からない。はるかに離れた海岸で遺体となって発見されたのは、確か一週間ぐらい後のことだった。

 その後、何度かSのお宅を訪ね、彼の父上や母上、姉上たちと話しをさせてもらった。そのとき私がご家族の心の痛み、悲しみをわかっていたのか、わかろうとしていたのかというと、他の友人たちはいざ知らず、まったく心もとない。悲しさはもちろんあったし、それなりに家族の立場になってみようとした憶えはある。しかし、何といっても何故あのとき泳ぎの上手くないSを気遣ってやれなかったのかと、後悔の念にとらわれてばかりいたという思いのほうが強い。

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