それは確かですが、試験なんかやってみて、まったくどうしようもないという成績ではなかった。だから、そこそこにはやっていた。理解力は相当強い子だったから、まじめに勉強すれば一気に伸びるという、そういうタイプだった思いますけどね。でも、わりに割り切っちゃうことが多かったかもしれませんね。勉強したくないからやらないとか、必要ならあとでやればいいというような、スパッと割り切っちゃうタイプの子だったかもしれません。実際に、倫理の先生が書かせた文章があって、詳しい話は聞いてないんですが、なかなかいいというようなことをいってたことがありますし」
信介は倫理の授業も真面目には聞いていなかった。しかし、最後の試験、論文発表では、しっかりしたものを披露している。岡倉天心の『茶の本』について書いた文章がある。
「茶は日常生活の俗事の中に美を崇拝する一種の審美的宗教すなわち茶道の域に達した。茶道の要儀は不完全なものを崇拝し、いわゆる人生という不可解なもののうちに何か可能なものを成就しようとするやさしい企てであるというのは、これは道具を使った倫理である。