話をしても話がトントントンと、何というのかなポンポン通じるようになって、面白くなってきた。ぜんぜんジャンルの違う大人の話をしても通じることがあったような、そんな気がしますね。株の話をしたこともあるしね。株のことは結構勉強してたみたいだけどね。結局、何でも知りたかったんだよね」
きっちりした金銭感覚
株は邦彦の勧めで始めている。信介はボクシングジムの会費や携帯電話代さえ、親に出してもらうことを拒んだ。邦彦や節子が「出してやるから」といっても頑として受け取らなかった。小さいときから金銭に関してはきっちりしていた。四谷大塚学習塾の帰りに横浜東急ホテルで待ち合わせていた五年生のとき、ジュース一杯が千円だと知ると、二度と頼まなかったし、そこからタクシーで自宅まで帰るのにも邦彦に文句をいった。幼稚園から始まって、スポーツクラブ、サッカークラブ、水泳クラブ、スキー・スケート講習会、塾、私立学校への入学と親の負担は並大抵のものではない。それを気にしていたのだろうか、信介は月々の決められた小遣い以外は受け取らなかった。あげても突っ返してきた。