聞き分けはよく、手はかからなかった。このできごとは、信介のよくいえばある種の美学の萌芽、もしくは、後々現れてくる頑固さ、一度いい始めたら後に引かない、やり遂げる、といった性格の表れとみることができる。

 信介は常々、「おれは三歳のころの記憶が鮮明に残っている」と両親にいっていた。そのころショッキングな事件が起こる。野毛動物園に家族全員で出かけた帰りだった。京浜急行線日ノ出町駅のホームで電車を待っていた。電車が来て止まり、ドアーが開いて乗り込もうとした瞬間、信介がどうしたはずみか電車とホームの隙間にストーンと落ちてしまう。邦彦は慌てて車掌のところに走って行って、そのことを告げ、電車を止めてもらった。
 信介は小学校五年のときの作文にこの事件を「うれしかったこと」と題して書いている。
「ぼくが三才のころ、京浜急行の日ノ出町駅で、電車に乗ろうとしたら、ホームと電車の間の穴が大きくて、落ちてしまいました。運が良く、車しょうさんが来て、電車を止めてくれました。それでも、父と母、それに車しょうさんまでがおろおろしてぼくはもうきょうふのどん底でした。

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