話を弾ませるようなことはなかった。心づくしの差し入れを持って来てくれる節子に対して信介は、露骨に嫌な顔を見せた。  
この年代の子どもたちが親と積極的に話をしようとしないのは、何も信介だけではなかろう。私自身も身に覚えがある。実際、「大人と子どもが同居している過渡期の年代だから、親とそんなに話しませんよ」という人も中にはいた。信介の心情はよく理解できる、と。だが、一方で、実は意外だったのだが、インタビューした大多数の人たちが、親とはよく話している。そういうことでは、世間相場とは少し離れたところにいる人たちだという印象を正直、持たざるを得なかった。その理由はいろいろに考えられるだろうが、「おれたちは結局おぼっちゃんだから」ということばが、それを端的に表しているように思われる。
信介がボクシングに熱中していたことは紛れもない事実である。だが、ボクサーとして身を立てようとしていたかどうかは別の話である。大橋秀行の話にもあるように、将来は起業家を志そうとしていたようだ。
「将来どうするつもりなんだと聞いたことがあるんですけれど、そのときは、サラリーマンは当然のようにいやだといっていた。

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