なっている。三年生も終わりに近づいたある日、両親にこう告げる。 「公文ではもうやることはない。四年になったら、塾に行く」 親がいい出したわけではない。友だちの影響があったらしいが、信介自身からの申し出である。子の面倒をみることにかけては人後に落ちない両親は、あれこれ調べまわり、中学受験の専門塾「四谷大塚」を信介に推薦する。